今、シリーズ2巻目を読んでいます。

誰でも、そうですが、創造的潜在能力は
普遍的なモノであり、神や自然から
特定の人にだけ与えられた
個人的な能力ではないと感じます。
なぜならば
人間は誰しも、
それぞれ宇宙につながっているからです。
聖書にもあるとおり
神が万物をお創りになるときには
最初にことば、がありました。
このことは、次の
アナスタシアの話にも出てきますが
人間とは何か
人間は自分で人間として生まれたのではなく
かつ
神があって人間という存在と
人間に与えられた
素晴らしい
神からの贈り物について
ここで、改めて
咀嚼し
意義深さを
味わいたいものです。
たとえば
それは、私たちの本来の
神から与えられた能力を使えば
人間の時間モノサシで
過去の
千年であろうが
1万年であろうが
何十億年であろうが・・・
その時の情報がその人間の意識に
蘇ってくると思います。
なぜならば、アナスタシアは
次のように
言っています・・・
「最初の意識と最初の言葉は創造主のもの。
その意識は今もずっと行き続けていて、
目には見えないかたちで私たちの周りを
とりまき、
宇宙空間に満ち満ちて、最も大切な人間の
ために創られた、
形ある生きとし生ける創造物の中に
反映されている。
人間は創造主の子ども。
すべての親がそうであるように、
創造主はご自身がもつものより多くを
子に与えたいと願われた。
人間にすべてを与えられたうえに、
さらにもうひとつ、
選択する自由を与えられた。
人間は自身の意識の力で世界を創り、
完成させることができる。
人間から生み出されるいかなる意識も、
消滅して無になることは消してない。
もしそれが明るいものであれば、
それは光の次元空間を満たし、
光の勢力の側に立つ。
もしそれが暗いものであれば、
逆の側に立つ。
今の時代に生きる誰もが、
これまで人々によって、
あるいは創造主によって生み出された、
いかなる意識でも
活用することができる」
よほど、選択の自由度を
注意しないと
人生は神がわが子の行く末を
案じる方向に進んでいる場合が
多いのかもしれません。
そして、闇の勢力は
この辺を魅力的に見せたり
欲望を掻き立てたりして
光の勢力側から外そうと、躍起になって
いるように見えます。
したがって、
心の平安が必要です。
心の湖の水面が
欲望などの、さざなみを立てていたのでは
神の意識を感じ取ることはできないのでしょう。
英知は神によってのみ
導かれます。
「浅知恵」は、何の役にも立ちません。
物事の本質を見抜くのも
神に通じる意識が
あってこそ
すべて、直感で理解できると思います。
Do not worry about tomorrow, for tomorrow
will worry about itself. Each day has enough trouble of its own.
明日のことを思い煩うなかれ。
明日のことは明日思い煩え。
一日の労苦は一日にて足れり。
今日も無事過ごせたことを
神に感謝して
おやすみください。
では、また。